On the Run

 新しいランニングシューズを買った。前のシューズは総走行距離600キロを超え、随分ボロボロになってしまった。今までずっとNikeのシューズを使ってきたのだが、最近のNikeは速さを求めるあまりに耐久性を犠牲にし、高性能かつ高価なシューズばかりを作り始めていたので「コスパ的にも次は違うメーカーがいいなあ」と考えていたのだ。そもそもね、あんなにピョンピョンと無理矢理前方に跳ねさせられる靴は、もはや普段のランニングは向かないのですよ。ガチ過ぎて。廉価な靴もあることはあるのだが、こちらはショボすぎて、毎日10キロ走るには不向き。

「うーむ!困ったな」

 と思いあぐねているところ、友人に勧められたのがonだった。まったく知らないメーカーだったのだけれど、なんとなく名前がいい。俺はサッパリした名前に弱いのだ! Us、On、Soあたり。なんだかピーター・ガブリエルのアルバム名みたいですね。

 それはさておき、メーカーを変えても困りごとは尽きない。シューズの特性だ。大体は名前で、柔らかいとか、跳ねるとか色々と特性が決まっているのだ。でも、どのメーカーも個性的な名前の割に特性がつかみにくい。onの場合はとくにそうで、flyer、swift、flow・・・

「よし!まったく分からん!」

 Nikeだと、とりあえず全部注文して試着。たっぷり走ってから気に食わない商品を返品という鬼のような行為ーー裏で中国やタイ、ベトナムの人たちが泣いているーーが可能なのだが、さすがにお初のメーカーに対して、不義理をやってはいかんだろうと、新宿の直営店へ。
 ここがなかなか良い店で、こちらから話しかけない限り店員が寄ってこない。快適に店内をひととおりり眺めた後

「毎朝10キロ、6分/kmくらいで使えそうなやつを全部持ってきて!」
「分かりました! 持ってきます!」

 6つくらい箱を抱え店員さんが戻ってくる。片っ端から試着して、あーでもないこーでもないと小一時間。軽くてクッションが効いているflyerを選んだ。これが大正解!いやー、やっぱり無理矢理前に進ませる靴は危ないねー、疲れるねーと思いました。明らかに足の負担が軽くなったんですね、とくに膝と大腿。Nikeによくある”バネ”がない。その代わりにクッションのおかげでフォームが整えやすい。足が楽だわーと。
 そんなわけで良い買い物をしたのでした。
 

『あやしい絵展』で観たエロ・グロ・ナンセンス

90年代の鬼畜ブームを経て、ゼロ年代の拷問ポルノの登場。そして拷問ポルノを超越すべく行われた倫理観の破壊……という話はこれまで頻繁にされてきた話だ。そんな話を誰が始めたのかって、俺が始めたんですけども……『映画と残酷』でエロ・グロ・ナンセンスを求める心は”郷愁だ”と書いた。つまり、過去に行われてきた残酷へのあらゆるう興味を振り返りであると断言してきた。

今日は東京都現代美術館で開催されている『あやしい絵展』に足を運び、”エロ・グロ・ナンセンス”という言葉の面白い記載を見つけた。

「関東大震災以降、復興後の町の景色は劇的に変化した。都市の俸給生活者も増加し、女性の社会進出も盛んに 〜中略〜 モダンガール、モダンボーイと称される人々は最先端のいでたちで映画、ダンス、自由れんないと言った都会の娯楽に耽った。〜中略〜 ”エロ”は人間の性的な美しさ、”グロ”は飾り気がなくておもしろい、珍妙である、”ナンセンス”はどことなく風刺が感じられる馬鹿げたことと、今でとは少し意味が異なる。社会構造の変化にともない生まれた、それまでの儒教的に道徳への反抗意識を背景とした風潮だ。」
ーー国立近代美術館主任研究員 中村麗子 「あやしい絵通史」より

ははー。なるほどと。いまでは郷愁と感じていたものが、所謂、背徳的なものへの憧れであると。そういうことかと。官能、妖艶、退廃なんだと。勉強になるなぁと!

無題 島成園 大正7年

なるほど、これがエロ・グロ・ナンセンスなんじゃろな。”素のまま”こそがエロ・グロ・ナンセンス。もはや使い古されているであろうが、人を切ったら血が出るんだぞ!という絵が「あやしい絵」として展示されていることに、密かな喜びを覚えるたでありました。

これを突き詰めていくと……こうなってしまう。

幻覚(踊る女) 甲斐庄楠音 大正9年

なんというか、別に血が出ていなくても、どこか生を剥き出しにして蹂躙しているかのような感覚。これが今の残酷描写の元になっているのはなかろか?などと思ったのでありました。

クソ眠日がやってくるようになった。

3日に1日、クソ眠い日が訪れるようになり、グーグーと寝まくっている。会社からは週2日オフィスに来るよう通達があるのだが、俺は諸事情により多くても週1日程度で許されている。なのでなおさらグースカ寝てしまう。このクソ眠日は何なのかと。それなりにサボりはすれど、仕事はキッチリこなしているし、クソ眠日以外は朝のランニングをして運動不足とはほど遠い環境にある。やたら健康的かつ生産的な生活をしているのだ。ただ、自主的に栄養を取らない癖がついてしまい、放っておくと飯を食わなくなってしまった。腹が減れば食うのだが、飯の優先順位がやたら低い。奥さんの晩飯だけは最高に美味いので、それだけはモリモリ食うが、朝と昼は大体適当である。体重はキープしているのだが、友人は「痩せ細ってきている」と心配そうに行ってくれるので、努めてカロリーは取るようにしている。
世の中に「飯を食うのが苦手」という方がいるのは知っていたが、今、彼らの気持ちが少しわかるなあと。肉も魚も野菜も大好きだけど、何か面倒。そんな感じなのだ。多分、そのせいで3日に1日、体が「おい、おまえ、いい加減に寝るか食うかで体力を回復させろ」とでも言っているのではないか?と思っている。
さて、最近、某雑誌について書いたおかげで、このヘンテコ日記ブログのアクセス数がやたら増えているけれど、普段はこんなことしか書かない、些末なブログでございます。写真はイタリアのオルヴィエート。いいところだったなあ。また行きたい。

映画秘宝を降りた理由

 えーっと、爪痕は残しておきたいので書きます。3年間にわたって『映画秘宝』で連載をしていた「ナマニクの残酷Horror Anthology」ですが、実質、先月発売の2021年4月号で最終回になっています。5月号は単発の原稿依頼という形で寄稿しているのみです。

 ヨシキさんが去った後、DevilPressが無くなり、DevilPress内の連載の扱いをどうするか?という問題がありました。ヨシキさん正式離脱発表後、編集部(※1)から5月号は休載前提で保留と通知されていたのですが、3月上旬になり突然「枠を作ったので、未公開映画レビューを書いてほしい。ただし、連載ではなく他執筆者との持ち回りとなる」と連絡がありました。悪質DMの問題があったとしても、ちと連絡が遅すぎやしないか?と思ったのですが、せっかくの依頼なので受けることにしました。

 しかし、しばらく経つと違和感が湧き上がってきました。そもそも『未公開映画レビュー』は、私の持ち込み企画であり、それを田野辺さんとヨシキさんと私でチマチマと育てていったコーナーです。そこで「私の持ち込み企画が何故、他執筆者との持ち回りとなるのか?」と確認しました。その回答は

 「未公開映画で他に書きたいという人材が出てきた場合、彼らにも枠を用意するという意味。ひとりでコーナーを続けていると、どうしても硬直してしまうので、枠が変わって以降は、ある程度の自由さを保つ必要があります。書き手が出てこない場合はもちろん続投になります。」

 とのことでした。新しい芽を育てなければならないと言うのは、私も思うところであります。もちろん優秀な人材が出てきたら場所を譲る覚悟もありました。しかし、これでは新人が見つかった場合に「新人が見つかったので、来月は違う人が未公開映画を書く。ナマニクは休みで」といきなり告知されるとしか思えませんでした。

 エクストリームな未公開ホラーに限定するのか、それとも未公開映画という大枠で毎回変わった映画を紹介するのか、枠自体の方針も見えず、コーナーが硬直してしまうという対策も打てません。硬直を防ぐための作品選びも、多くの雑誌がやっているように、編集者さまと「これでいきましょう」話し合って決めるところではないか?それを踏まえて、”ナマニクが未公開レビューを書いている”と”新しい人材を確保する”とは別で考えるべきではないか?担当者を変更するのであれば「半年ごとに見直す」「年単位で見直す」等、明確なマイルストーンを設けるべきではないのか?ーー色々思うところを伝えたところ、返ってきた答えは

 「方針が気に食わなければ、休んでいいよ」

 でした。

「あれ?なんでそんな高踏的な対応なの?編集部と私って、そんな関係でしたっけ?今まで培ってきたものってなんだったの?」

 信頼関係が崩れた瞬間でした。(一つも依頼を断らず、ギリギリの依頼でも締め切りを絶対守ってきたのになあ)しかし、ここはこらえて読者さんのために5月号の原稿は出すことにしました。

 方針を変えたいのは理解できます。ただ、人の持ち込みネタの方針を勝手に変られた上、御用聞きのような扱いをされる覚えは、私にはありません。いくら何でも失礼すぎると思いました。以下を伝えて、再考いただくようお願いしました。

・未公開映画のレビューは、もともと私の持ち込み企画であり、相談なしの方針変更は承服しかねる
・作品選択には時間がかかるため、月単位で安易に担当を変えられては、こちらとしても対応しきれない
・今回の編集部の対応は、編集部と私の信頼関係を崩すものであり、猶予期間なしに編集部として今回のような判断をしたことは、執筆者への敬意が感じられない

 しかし、2週間経って(5月号が出るまでとは言いましたが、さすがに遅すぎる・・・)伝えられたのは「誌面リニューアルに合わせて、当該コーナーのテコ入れも含め、複数人によるリレー形式で進めます。不満は理解できる。しかし了解してくれ。」という文ででした。

 この回答をもって降板を決めました。仕事を頂戴している手前、私のわがままなのですが、今回のような企画横取りの上、方針変更といったやり方はあまりも高踏的な対応で納得が出来ません。編集部内でどのようなやりとりが行われたのか?次号は原稿が必要なのか?などの付随情報は一切ありませんでした。これで「不満は理解はするが、了解してくれ」と言われて「はい」と答えるようなお人好しには私はなれません。現在、悪質DMの件も未解決のまま放置されており、映画秘宝と関わるのはリスクしかない状況です。編集部の方々は5月号の宣伝もせず、内輪揉めに必死のようで(※2)、これ以上関わっても、私の人生にプラスになるようなことはないと思っての決断です。
 私は書き手として、読者のこと、そして当然のことながら自分のキャリアことを考えて編集部と向き合いました。編集部はどうなのでしょうか?私たち書き手、そして読者しっかりと向き合っているのでしょうか?なによりも悪質DMの件を解決しようとしているのでしょうか?紙面を変えることより、もっと大事な事があるのではないですか?編集部は映画を観て一体、何を学んできたのでしょうか?

 私は、ヘッポコ文筆屋なので、映画秘宝という名前がないと、もしかしたら消えちゃう存在かもしれませんが、泥水啜ってでも文筆屋としては生きていくつもりではあります。この機会に幅を広げて、もりもりと色々書いていくつもりです。

 またどこかで・・・(といっても多分、ここまで読んでくれた方には、間を置かずになる思いますが)お目にかかるのを楽しみにしています。

ではまた血の海でお会いしましょう。

※1 編集部とは誰なのか?とブコメやツイートを見かけました。編集部は編集部です。どこの誰でという話ではなく、映画秘宝編集部という組織です。
※2 2021/03/19 17:44 追記:私が「作った雑誌の宣伝ぐらいしろ」と言ったせいかわかりませんが、2021/03/19 朝から一斉に関係者の宣伝ツイートが始まりました。皆が「映画秘宝の宣伝を躊躇していた」としか思えないです。誰もが二の足を踏み、他人の出方を伺っている。私が解せないのはこういうところです。出てきた人に不備があれば、ひとまず棒でぶったたく。そりゃ、件の問題も解決する分けないですよ。

腹立ちを通り越して、ガックリきたので

 朝から色々とガックリくる話を聞いてしまい、これは鴨を見るしかあるまいと。先日、ぼくが朝のマラソンでコケてケガをしたので、お流れになっていたお楽しみ企画「駅前の人気コッペパン屋で惣菜パンを買って、モフモフ食べならがらカモを愛でる」を実行したのである。

 ところが強風のせいか、カモがいない寂しい風景が広がっていた。

ヒドリガモがポツリ。
ヒドリガモがポツリ。

 寂しい上に、めちゃくちゃ寒い。奥さんが淹れてくれた紅茶を飲み飲み、コッペパンを食べる。奥さんはチーズが爆盛りされた”チーズスペシャル”、ぼくは欲張って2つ。ピクルスがしこたま入っている”野菜サラダ”と50円でホイップをマシマシにした”クッキークリーム”。風に吹かれながら一匹フワフワしているヒドリガモを眺めつつ、悪い食べ物を楽しむ。しばらくするとオオバンやらカルガモが少しずつやってきて、賑やかに。

 「でも、キンクロちゃんがいないねぇ」

 キンクロハジロにどハマりしている奥さんが寂しそうに呟く。毎日、キンクロ観察のために公園に通っていた彼女曰く、3日前から姿が見えないとのことだ。

 「キンクロちゃんがいなくなったら、どうすればいいの?」

 「もう、来シーズンまで布団かぶって寝てるしかないね!」

キンクロちゃんは、渡り鳥だからお別れは仕方ないのだ。いつもお別れは突然やってくるもんなのだ。