映画サイトと”Web系映画ライター”の先にある闇

 俺は映画業界の闇についてもある程度は話せますが、話したところで良いことはないし、俺の仕事が無くなるだけなので、言いません。なので、映画サイトと”Web系映画ライター”の問題点について話します。

 これは悪口ではなく、契約時に編集者さんと交わした「良いサイトを作っていきましょう」というの言葉を受けての批判です。映画boardに限らず多くの映画サイトでは、PV数が正義になっています。記事の内容は二の次です。もちろんそうでないサイトもありますが。(本記事、そういうビジネスモデルになっているのは重々承知の上で書いております)

 それ故、話題の映画の文字を躍らせておけばOKという中身のない記事が蔓延しています。『日本沈没2020』もそうです。地上波放送された映画があれば、その作品の名前が躍る記事が連発されることになります。最近ですとBTTFとか『オーシャンズ8』ですか。

 このために非常に多くのノイズが発生します。例えば”『オーシャンズ8』に出てくる上品なオバサマたちって何者!?”と言った具合です。そんなもんIMDBでも見とけって話です。あ、今思いましたけど、この記事、メッチャ失礼なタイトルですね。今時ありえねぇわ。昭和かよ。。。(今見てみたら、書いているのはライター契約をしているソコソコ有名なオジサマらしいです)

 『WAVES/ウェイブス』でトレイ・エドワード・シュルツの名前が出れば、”全く異なるジャンルを撮るジャンルレスな映画監督まとめ”というタイトルに対して、彼の名前が使われます・・・彼は決してジャンルレスではないと思いますが・・・で、ライターは『Krisha』のことについても言及していて、そのことは素晴らしいのですが「・・・という話らしいです」にとどめています。要は観てないんですね。『Krisha』はトレイ・エドワード・シュルツの原点なので、非常に重要な作品なんです。なので、観ないと彼のバイオグラフィは語れないんですよ。観てないなら、観てから話せよと。ソフトが出てるんだから(海外版だけど、洋画が好きなら英語ぐらい勉強してね)。取材してこそライターだろと。

 これは非常に憂慮すべき事で、少なくとも金貰っているのだから、こういったペラペラな記事を書いてはいけないと俺は考えます。書いている人はそれで良いと思って記事を書いているのでしょうから、こうあるべきだというつもりはないです。ただ、俺が、この状態はイカンと思っているだけです。サイトを良質な物に変えたければ尚更です。もちろん良い記事を書かれているライターさんもいらっしゃいます。しかし、ノイズに塗れて良い記事はなかなかバズらない。

 俺はこの現状をどうにかしたいと思い、依頼されていたランキング記事をブッチして『アングスト/不安』の記事を書き『呪怨:呪いの家』のレビューを書き『日本沈没2020』の批判記事を書きました。何故なら、映画評論家として”今すぐ”書くべきだったからです。

 また今回の『日本沈没2020』批判記事は実験でした。批判的なレビューは、作品視聴に繋がらないのかと。否、そうではないだろうと。今回、文中にアサイラムの文字を入れましたが、こうすれば多くのアサイラムファンに日本沈没2020が(たぶん)届くはずだと思います。ラップバトルに興味を持つ方もいらっしゃいました。そんなに駄作なら観てみるか!という方も結構いらっしゃいました。時間を無駄にする駄作という結論は動かないと思いますが。

 「良記事よりバズる記事を書けるのがライターだ」などという考えを持っている映画ライター/編集者(※)は問題だと考えます。実際、彼は、確実に多くの映画サイト–boardやCinemore–のレベルを引き下げています。そんなクダらない定義を下の年代に啓蒙するより、どんな物書きになりたいのか?ぐらいの信念は持って記事を書いて欲しいなと思っています。今、自分が何を書いているのか?も意識して欲しいです。良い記事を書くのはライターの仕事、それを売れる(拡散する)方向に持って行くのが編集者の仕事です。それくらい理解しないでどうすんですか?って話です。
※この方は、SYO(映画ライター/編集者)名乗る人物なのですが、本記事が拡散したところ、彼は当該ツイートおよびnote記事を削除しました。(ツイートはツイログに残されている当人は「自分の書く文章は愛のあるラブレターである。」と自負しておられるようですが、都合が悪くなると自ら世に放った文章を無言で削除し、無かったことにする、文責の取ることのできない程度の低いライターということです。これは物書きとして、あるまじき行為なので名指しすることにしました。それにしても「愛ある文章」とか、普段から提灯記事ばかりを書いているライターが何を言っているんでしょうか?と思いますね。
(2020/07/21追記)
 SYOのファンを名乗る人物から私の家人に「映画サイトに苦情をいれて、ナマニクに記事を書けないようにしてやる」等という脅迫がありました。家人はこのような行為はしないように、ファンに告知するようSYO(映画ライター/編集者)に苦情を入れましたが梨の礫です。

 さて、信念がある書き方という話で、よく引き合いに出すのですが『がっこうぐらし!』の時の仕事が良い例です。この作品、ゾンビ映画としては褒められないんですよね。だけどアイドル映画としては十分機能してるんですよ。(キャベツ問題とかありましたが、なんか可愛いじゃないですか)で、コメントを求められたときにひねり出した言葉が・・・

「”彼ら”の映画ではなく、まごうことなき”彼女”たちの映画でした」

です。

『がっこうぐらし!』の原作、初期段階ではゾンビのことを”かれら”と呼んでるんですね。だから原作を知っているアイドルファンには響くだろうと。そういう所まで考えて書くのがライターだと俺は思っています。ちゃんとその時、刊行されていた原作を全巻読んだんですよ。もう赤字ですよ。でも、一生懸命な配給さんですし、絶対、今後のためにもなると思い、受けた仕事でした。

 霞食ってろってのか?的な赤字仕事の引き受け方はよろしくないんですが、俺は俺なりのポリシーがあって動いています。PVが減ろうが、セッション時間が短かろうが、良質な文章を届ける。それだけで良いじゃねぇかと。PV・セッション至上主義者は、自分で自分の墓穴を掘っていることに気がつかないのだろうか?と思います。まともな文章も書けず、映画の読解も出来ず、宣伝のために関連作品名と役者の名前を羅列し、ググったらアッサリ出てくる情報をダラダラ書き、果ては「・・・という映画らしいです」等と文責放棄して、文字数を稼ぐだけ。それライターの仕事なのでしょうか?そんなことをしているWeb映画ライターのお先は真っ暗であろうと俺は思っています。

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