ケーキを殴ってもそれはスポンジであり、生クリームの飛沫は全員にぶっかかる

 この件なんですけどね。ノンフィクションとして書いた文章を「フィクションにしましょう」と言われたら、そりゃブチ切れるのは当然なんですけど、どうも腑に落ちない。というのは、自死ってのは非常に繊細なコンテンツ(あえてコンテンツと言いますけども)でしょ。遺族に了承をとっているとはいえ、やっぱり俺みたいなヘッポコ文筆家ならまだしも著名人が”ドーン”とコンテンツとして出すのは色々と問題があると思うんです。そこで、ちょっと考えてみたんですね。これ、なんでこう言うことがあり得たのかと。

 例えばですよ。ちょっと想像してみますね。企画があがった時点では、さほどヤバい内容ではなかったとします。自死を扱ったコンテンツはたくさんありますから。担当編集者も「これなら大丈夫だろう」と。で、連載となっているからには、分割して原稿が上がってくるわけです。ところが、想定以上の刺激が強い描写や表現が散見されるようになっていってしまった。そうなると、どうなるか?編集側としては、どうにか世に出したいが、難しい。そんなわけで、あさのさんが書いた作品のリライトを依頼するかどうかを検討するかないし、当人を交えて話し合うかなどするわけですよ。でもここで、何らかの不手際(詰まるところ「フィクションにしちゃえば世に出してもOKなんじゃね?」と言う話)があったとします。それと同時に件のDV相談の炎上が来て、その果てに両者グダグダになってしまった……。とかね。考えられませんかね。いや、これは僕の妄想ですけどね。件の炎上時のあさのさんの振る舞いを振り返っても、そんな感じが浮かぶというか、何というか。cakes側からは何も発表はないので、どっちにしろ俺の妄想以外のなにものでもないですけど。言いたいのはですね、誰が悪いと言うわけでもなく、書き手と編集の齟齬による問題ってだけの話じゃないのかなあと。あえてどっちが悪いのか?聞かれたなら「コンテンツが過激化する事態を想定できなかった、あるいはそもそも記事の全体像を把握できなかった編集」になりますけどね。俺も結構、アレなこと書くから「ナマニクさん、これはダメだよ」といったやりとりがたまにありますし。

 いや「フィクションにしましょう」はねぇよ。俺も怒ると思います。ただcakesをブン殴っていい物として扱ってすぎやしませんか?ちょっと何がおこっていたのか考えてみませんか?という話です。ぶっちゃけ、このコンテンツが公開されたとしても、それはそれで燃えていそうな気がしますけどね。現状踏まえるに。俺だってね、大事な友人がクリスマスイブの夜に首括って死んでたりとか、色んな酷い出来事抱えてますけど、そう言うのはほら、あんまり詳しく言うもんじゃないじゃないですか。だから、そういうの嫌だなあって思いますもん。
 こういうね、小野ほりでい氏も昔から言及していますが、「一度でもおイタをすると、リンチしていい存在」になってしまうのは、めちゃくちゃおっかねぇなあと日頃思っているわけです。
 今日、書きたいことはそのくらいです。あ、そうそう。1記事7000円ってWebコンテンツとしては結構いい方ですよ。

 

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