絵の見方と映画の見方

 今敏が「アニメって、実写と違って余計な物はフレームに入ってこないんですよ」と言ってた。最近はフルCGで要らない物を徹底的に消せるかもしれないが、昔はそうはいかなかった。

 そう考えると絵画も同じで、余計な物は描かれない。逆に言えば描かれている物には意味がある。例えば「アンティオキアのマルガリタ」は、必ずドラゴンとセットで描かれる。マルガリタさんは、異教の高官からキリスト信仰を捨てて結婚してくと申し出を断ったために、拷問を受けることになる。その拷問というのが、ドラゴンの形をした悪魔に食われることなのだが、食われた彼女はドラゴンの腹を十字に切り裂いて(別の話では持っていた十字架が光って切れたとかなんとか)生還したという、超強いクリスチャンである。結局彼女は処刑されちゃうんんだけど、そのドラゴン殺しはアトリビュートとして必ず絵にセットで描かれることになっているのだ。

 最初の必要・不必要とは話はずれるが、この絵画の方法は例えば映画を絵画的に解釈する場合に役立つ”物の見方”だと思うのです。

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