”映画ライター”と名乗ることを止めた理由

 モノを書けば誰しもライターを名乗れるので、玉石混交になるのは当然なのですが、どーも最近、この”ライター”という文字にインチキ臭さが漂う。特に”映画ライター”。本当に観ているのか?理解しようとしているのか?自分の言葉を編んで伝えようとしているのか?と疑問に思うようになってしまった。もちろん、しっかりした文章を書かれる映画ライターさんもいらっしゃいます。でも、今、映画ライターでググると、”どうしたら映画ライターになれるか?”とか”映画ライターの実情”とか出てきますけど、半径1メートルの虚構ですらない情報しか書いてない。SNSも同じ。

 本当にいい記事はググっても出てこない。まともな映画ライターの記事は一つも出てこない。この状況に絶望したのです。「それはお前がSEO対策してないからだろが」と言われればそれまでですが、最近気が付いたのは、Web上で評価される記事ーーつまり、PVが稼げてセッション時間を長くする記事ーーを書くと、ロクなものにならないということ。

 ハッタリのタイトルでクリックを促し、ページ数を増やしてセッション時間を稼ぐ。中身はタイトルに比べて薄っぺらく、ページ数が多く閲覧方法が煩雑になる。たぶん、スマホメインの世代にはしっくりくるのかも知れないけど、俺みたいなロートルには最早、鬱陶しさしかないのです。こういうことをするのが、今のライターであるのなら、ライターと名乗るのを止めようと思ったわけです。

 俺は全然知識もないし、面白い記事も未だ書けないし、担当編集さんに駄目出しされる度に「ああ、そういう書き方があったか!」と悔しい思いをしてばかり。でも、ただちゃんとした物を書いて、ちゃんとした事を伝えているというプライドだけは持っていたいんですよ。だから”ああいう人たち”とは一緒になりたくないなぁと、文筆家と表記を変えました。どっちもWriterなんですどね。ただの自己満足なんですけどね。そもそも、映画だけじゃなくて、物書きになりたい欲望で動いていますし、もう意地ですよ。

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