「まつ毛が長いな」半蔵門線、渋谷。目の前で眠りこけている会社員。長津田あたりからガッツリ寝てきたのだろうか?彼の閉じた目のまつ毛は、マスクに触れんばかりの長さだ。永田町まで三駅、じっくりと彼の寝顔を見て楽しむことにする。
背は175cmぐらいか。熟睡の末に投げ出された足は、俺の股の間にある。耳にかかるくらいの長さで揃えた髪の毛はサラッとしている。耳にはiPhone付属のイヤホンがぶっ刺さっている。そのイヤホン、俺の耳に全然合わなくて、入れても入れても落ちくるんだよなあ。俺の耳のかたちっておかしいのかね。それにしてもどうだ?朝からおっさんに観察される気分は?
「ながたちょー、ながたちょー」
人を見ていると、あっという間だ。彼も突如、投げ出した足をシャキン引っ込め、姿勢を整えると下りる準備を始める。「おお、君もこの駅かい。そうかいそうかい」永田町から改札までのエスカレータはやたら長い。そして混む。起きがけの彼を置き去りに……とはいっても連れでもなんでもないが……エレベーターに乗る。やってはいかんのだが、右側をスタスタと歩く。歩っている間は、上り段数をカウントする。エスカレータなので、登る速さによってカウント数は変わる。今日は42段。
「42。すべての答えか……」
もはや今日の答えは出たのだから、適当に過ごしてかまわんだろう。黒マスクの下でニヤリとしながら有楽町線ホームへ向かう。